02 ピアノ作製の引継ぎ
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<ジルバーマン Gottfried Silbermann>
今日のピアノ・メーカーに直接結びつく先駆者、ドイツのジルバー マンは、ピアノを作る前は、オルガンやチェンバロを作っていましたが、それと同時にヘーベンシュトライトに依頼されて、パンタレオンも製造していたので、その技術がピアノ製作に生かされたことは疑う余地がありません。
その後、ピアノが普及して、パンタレオンの人気がなくなると、ヘ ーベンシュトライトは「自分の楽器のアイデアが盗まれた」と、ジルバーマンに対して訴訟を起こしているので、パンタレオンとピアノはかなり共通する部分があったのではないでしょうか。
1709年にクリストフォリに面会し、誕生したばかりのピアノを取材したマッフェイScipione Maffeiは、1711年のイタリアの雑誌に図面付きの紹介記事を掲載しましたが、この内容が1725年のドイツの音楽雑誌で翻訳・紹介されました。
ジルバーマンは、このクリストフォリのピアノのレポートと、パンタレオンの製造技術をもとに、1733年に2台のピアノを作りましたが、それを試奏したJ.S.バッハは、あまりよい印象をもちませんでした。
その後、1746年に改良したピアノをフリードリッヒ大王の宮殿に納めましたが、そこで再びジルバーマンのピアノとバッハが出会います。バッハは、このピアノで、大王に与えられた主題により即興演奏をしたのですが、今度は満足の意を表したということです。 因みに、この時の即興演奏に手を加えて仕上げた作品が、バッハ晩年の傑作「音楽の捧げもの」でした。
これは1747年のことなので、バッハがなくなる3年前です。やはりバッハはピアノには縁がなかった作曲家だったのでしょう。
ジルバーマンのピアノ1746ジルバーマンのオルガンフリードリッヒ大王の前で即興演奏をするバッハ
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